ぶっきーの超・雑記ブログ

「より良く生きる」を模索する。


東京に行ったことある?東京ってすげーでしょ?みたいな番組がすっげー不快だった話




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こんにちは、ぶっきーです。久しぶりの毒舌回

 

読むと気分を害する可能性大なのでブラウザバック推奨(割とマジで)。僕が吐き出したいだけなんで。

 

1週間くらい前にふとテレビを点けていたら、地方の方に「東京に行ったことあるか?」と聞いて回って、行ったことがない人を東京に連れていくという番組が。

 

はい、普通に不快でした。

 

東京に行ったことがないのをさも重大事件かのように扱い、逐一「経験なし」だの「経験あり」だのと地方の善良な市民を分類していく様にムカついた。お前ら何様なん?

 

東京に行ったことあるってそんなに特別なことか?なんか資格が必要なの?偉いの?

 

これがまだ東京だけでなく、「名古屋行ったことある?」「北海道は?」みたいに日本全国の各地方についてまんべんなく訪問経験を聞くならまだ分かる。そんで行ってみたい土地があれば北海道でもなんでも連れてくって感じで。

 

これなら東京だけを特別視してるような非対称性は無くて健全。次からそうしろよテレビ局。

 

だいたい、ほとんどの日本人は別に東京行こうと思えばいつでも自由に行けるわけじゃん?そりゃ番組に出てきたような「昔から行きたくてもどうしても行けなかった」人もいるにはいるだろうけど(いやそれさえもサクラか、番組の趣旨を理解して気遣ってくれているだけの可能性があるな)、そんなマイノリティを取り上げて「東京すごいでしょ」とかやられたところで見てる方は「はぁ…?いつでも行けますけど」としかならんわ。そもそも今の時代東京でしか手に入らないものなんてほとんど無いだろうに…

 

首都って意味では東京は特別な土地だけど、この時代において「美味しい物食べれてすごいでしょ」「綺麗な服買えてすごいでしょ」とかアピールすることに何の意味があるのかマジで分からん。東京特有の土着の文化に親しんでもらうという趣旨ならまだ理解できるのだが…

 

首都に住んでるコト以外に誇れるものがない(実はそれさえ全く誇ることではないのだが)、しかも消費活動以外に価値を見出せないさもしい人間が作ってるのが伝わってきた。

 

別に東京の人もほとんどはこの番組から臭うクソくだらねえ選民意識なんて持ってないだろう(そう信じたい)。番組作ったやつのモラルがイカれてるんだわ。多分インモラル以前にアモラルなんだろうけど(テレビ屋さんには言ってる意味わかんねえだろうな)。

 

っていうか僕の主観を抜きにしても、東京一極集中が進み過ぎて地方では働き手が減るなど疲弊してるって現状があるのに、そうやって東京を持ち上げてさらに拍車をかけさせようとする行為は犯罪的ですらある。政府が主導してる地方創生の真逆じゃん。テレビってやっぱり国賊集団なんじゃねーの?

 

僕が東京に住んでた時は、東京の人が特別文化的に優れているとも教養があるとも思わなかった。消費活動に長けてる人は多かったけど、それこそが進歩的でかつ文化的で人類一般に普遍の価値であるかのように錯覚してる虚しい奴もいてむしろ滑稽だった。そういうメンタリティだからこそあの番組でも東京に連れてきて飯食わせたり服買わせたりするくらいしかできなかったんだろう。こう考えれば合点がいく。

 

結局これって実質無宗教である日本人の精神的な虚しさに根付いてるような気がしていて、その精神の空隙に商業主義的な価値観が入り込んじゃってるんだと思う。だからこそ商業都市東京を偶像のように崇めちゃってる。それが場合によっては「東京に住んでる俺すげえ」「お前も東京を崇めろ」のようにエスカレートしてあの番組みたいになる。一種の布教活動みたいなもんってことだ。テレビ番組で宗教活動するなんてとんでもないやつらだなおい。

 

本来人ってのは多かれ少なかれ宗教的な心を持っているもので、例えば身近にでっかい山があれば昔の人は畏敬の念を抱いてそこには神がいると崇めたりした。海や川や森も同様で、だからこそ日本には八百万の神がいるんだろう。災害が起これば神の怒りだと理解して供物を捧げて鎮めようとしたし、愛する子を亡くした人はその子の魂が山や海の神のもとに温かく迎えられることを祈ったりもしただろう。人はそうやって現実世界と精神世界の折り合いをつけて生きていくわけだ。こうした長年の積み重ねで信じられるようになった物語が本当の宗教だと僕は理解しているし、本来誰でもが必要とする大事な精神的支柱なんだと思う。

 

ところがどっこい、現代の日本人のほとんどはそういう(人間にとって本来的に必要とされる)精神的なよりどころがすっぽり抜け落ちちゃってるからね。これについてはある意味で被害者でもあるのかもしれないが。何となくの憧れで上京して心のスキマを埋めようとしてる方、あなたの探す「本当に大事なモノ」は東京にはありませんよ。よくよくお考えください。

 

どこぞの哲学者にならって死に思いを致す時、世俗的な我が己から滑り落ちる。そして特に消費生活に溺れた愚か者たちは痛感せざるを得ない。「オレ、なんで生きてるんだろう?」と。

 

ちなみに僕も無宗教者だけど、現代日本人特有のこの虚しさについてはソクラテスの無知の知ばりに自己認識できている。この自覚のもとで「己の人生かくあるべし」って確固とした独自の信念を持ってるんで、現代のくそくだらねえ商業主義に価値観を侵される隙はない。これぞ高度の教養の為せるワザである。

 

イイ感じに自画自賛できて気持ち良くなったのでおしまい(これ読者減るだろうなぁ)