ぶっきーの超・雑記ブログ

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人工知能による産業革命の再来と、ベーシックインカムの実現性

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こんにちは、人工知能に興味津々のぶっきーです。

 

この記事では人工知能が社会に与える影響について持論を述べる。

 

俺は情報系の専攻じゃなかったから人工知能の技術的な詳細は分からないけれど、人工知能が発達したからって俺たちが仕事から解放されて生活が楽になるとは全く思えない。

 

いや、仕事からは解放されるかもしれないが、きっと生活は苦しくなるだろう。

 

産業革命と同じことが…

どういうことかというと、18世紀に起こった産業革命と同じことが起こる可能性が高い。

この時は蒸気機関を動力源とした機械が普及して、それまで手作業で綿織物を作っていた多くの職人が労働から解放された。

言葉を変えれば、これは職を失ったのだ。

彼らは収入も同時に失ったのだ。

 

本当に幸せになるのは誰か?

この時生活が楽になったのは蒸気機関の所有者である資本家たちだった。

今まで金で雇っていた職人たちを首にして、その代わりに給料を支払う必要のない蒸気機関に働いてもらう。

このようにして労働者は貧しくなり、資本家は富んでいった。格差の拡大ってやつだ。

 

これと同じことが現代でも起ころうとしている。

人工知能の所有者である資本家たちはこの技術革新で更なる富を築くのだろうけど、人工知能に職を奪われる側の人間(今まで労働者として従事していた人間の一部)は、職を失うと同時に当然収入をも失うことになる。

格差が拡大していく。

 

18世紀に蒸気機関に駆逐された職人たちは、未来のあなたや僕の姿かもしれないのだ。

 

企業が富むために使われるAI

非現実的な話だが、結局今の経済体系(資本主義による苛烈な競争)が改善または緩和されなければ、どんな技術革新が起ころうとも本質的に同じことの繰り返しになるだけだ。

 

企業と企業(要は資本家同士)が利潤を追求して競争するのが資本主義で、そこには国民一人一人を幸福にするという大義は無い。

だから国民を幸福にするためではなく、企業が富むために人工知能が用いられることになる。

産業革命において職人が使い捨てられ、蒸気機関が重宝されたように。

 

もちろん国民一人一人の生活を保障するのは公的サービスの役割で、人工知能によって職を失った人々がこの公的サービスによって救われれば確かに問題はないのだが…

具体的にはベーシックインカムなんかがよく話題に上がる。

 

ベーシックインカムは現実的か?

ではベーシックインカムを実現する余裕が日本にあるだろうか。

年金さえ破綻しかけているというのに。

もし根拠も無く実現を信じているとしたら、あまりに楽観的過ぎはしないか?

 

人工知能に限らずスーパーコンピューターや量子コンピューターなどの技術革新によって、あらゆる工業製品、食品、衣料品の生産力が増大し、それによってベーシックインカムが実現可能となるという趣旨の主張をする人もいる。

 

俺はその可能性を否定はしない。

しかし例えば人工知能に限らずエクサスケールスーパーコンピューター(2020年までに実現が目標とされている超高性能スパコン)が実現したからといって、直ちにその成果が社会に還元されるはずがない。

 

具体的な「生産力」として社会に還元されるまでには、それらの技術革新が実現してから何年か(むしろ何十年かもしれない)のタイムラグがどうしても生じてくる。

スパコン上で何かイイ感じのシミュレーションができたからといって(例えばめちゃくちゃ燃費の良い車が設計できたからといって)、その車が即現実世界に生み出されるわけではないのは明白だろう。

その車を実際に作るための設備や安全性確認など(要は時間、開発から普及までのタイムラグ)が絶対に必要になる。

 

スパコンや人工知能などが「こういうの作った方がええで」「こうした方が効率的やで」って教えてくれたとしても、それを実際に人間が作って、普及させて、享受するのにはどうしても時間がかかるのだ。

特に車、家電製品、薬のような、開発から普及までの間に付随する「オーバーヘッド」が多い「モノ」の場合は…

 

作物だってそうだろう。

どんなに効率の良い育て方や品種が判明しても、耕地を確保し、それが実るまでには時間がかかる。

 

だから将来的にベーシックインカムがスパコンや人工知能によって実現されるにしても、それらが誕生してすぐというわけにはいかない。

 

生産力が十分に成長したとしても、そこからさらにベーシックインカム実施のための法整備で年単位の時間がかかる。

 

そもそも可能性を否定しないとはいえ、人工知能などによってベーシックインカムが(我々が生きているうちに)実現するという論理自体もかなり怪しいものがある。

 

技術の発展は指数関数的だとよく言われるが、物理的なモノの普及は上述した理由などで指数関数的にはいかない。

作物が育つのにかかる時間や、耕地面積のような物理的制約などによって、どうしても普及速度は一定の値に収束する。

 

我々がベーシックインカムを享受できる保証がどこにあるだろうか?

 

人が仕事を奪われるのは現実的

一方で技術革新によって我々が仕事を奪われる状況を想像するのは容易い。

 

例えば仕様書を読み込んでプログラミングを自動で行ってくれる人工知能ができれば、多くのプログラマーは即仕事を失う。

この種の「事件」はベーシックインカムが実現するよりずっと早くに発生する。

 

なぜならこういった「ソフトウェア」というものは上述の「モノ」とは違って、インターネットを介してあっという間に普及するからだ。

あなたはこれをただの脅迫だと笑うだろうか?

実はもうこの「事件」は発生している。

 

判例判別専用ソフトウェアの普及によって、アメリカでは一部の弁護士が職を追われている(羽生善治著、「人工知能の核心」参照。書評は以下)。

 

www.book-buku-bucky.com

 

まさに産業革命の再来ではないか。

では職を追われた彼らは今、ベーシックインカムで生活を保障されているのだろうか?

そんなわけが無い(※)。

 

アメリカでさえ未だ、ベーシックインカムを導入している州は無いのだ(実は一時的かつ部分的に実験的導入を行っている所はあるが、あくまで検証目的。継続的に実行できるほどの予算や生産力、見通しがあるわけではない)。

 

※「今の仕事を失っても、別の仕事を探すだけだ」と主張する人もいるがこれは的外れだ。

自身が望んでやっと就いた仕事をAIに奪われた彼らは、自身が望まざる職に就くことになる可能性が高い。

これは彼らにとって不幸なことで、そここそが問題なのだ。

仕事があればよいという訳ではない。

今の世に存在する数々の美味しい食べ物が無くなっても、生きながらえるためのサプリメントさえあればいいと言う人は少なかろう。

要は幸福度の問題なのだ。

 

まとめ

以上、人工知能が社会に与えるインパクトに関して楽観的な人があまりに多い気がするので、このような記事を書いてみた。

これが現実だ。

 

少なくとも人工知能によって職を奪われかねない人は(その判別自体が難しいが)、ベーシックインカムなどという夢を見ている場合ではないと思う。

 

人間にしかできないことは何かを突き詰め、生き残る術を磨くしかない。

上で紹介した羽生さんの本は、その点でも役に立つだろう。

 

おしまい。ぶっきーでした。